棺の話


▽ はじめに

 今回は、「物」としての棺に関する話である。
※ 念のため申し上げておくが、ダジャレではない。
 とは言っても、私は棺製造者や専門販売者ではないので、構造などについてそれほど詳しいわけではない。 そのため、あくまでも流通の上でお客様と最も近い距離にいる者として、現在日本における棺という商品について解説と思索をしてみたいと思う。

▽ 棺の種類

 現在日本では、非常に多種の棺が製造・販売されている。 まだ日本人の多くが土葬していた頃(江戸〜明治時代頃)には、棺と言えば桶状の「座棺」であったが、これには大きさの違い程度はあったにせよ構造や体裁にそれほどの違いはなかった。 とは言っても日本人が特に実用主義だったからではなく、葬儀が商業的に扱われていなかったこと、また一般市民が葬儀に多大な財を投じることができなかったことなどが主な理由であろう。 近代、葬儀業が商業として発展していく中で、変化・拡大する消費者のニーズと、それぞれの葬儀社が独自性を高め他社との差別化を図っていく中でさまざまに行ってきた開発努力が、相互に関係し棺の種類を大きく増やしたのである。

 では実際にどのような種類の棺があるのか、まずそこから見てみたい。

▽ 本体の形状による区分

・寝棺
 現在主に用いられている、遺体を寝かせた状態で納める棺の総称。 表面積が大きいため、座棺よりも火葬に適している。

・座棺
 一般市民が主に土葬していた時代に主に用いられた、遺体の手足を折り曲げて(いわゆる体育座りで)納める桶状の棺。 土葬から火葬への過渡期には、座棺での火葬も行われていた。

▽ 主材料による区分

・木棺
 木材を主体とした棺であり、現在日本では消費されるもののほとんどがこれである。 さらに、木の種類により「桐棺」「檜棺」など木の名前を冠した名称で呼ばれることが多い。

・竹棺
 竹材を主体とした棺である。 木棺の表面に竹材を張った棺は、後に述べる「突き板張り棺」に区分することが妥当であるが、近年は竹材を網状に編んだ、本当に竹材を主材料にした棺が存在しているようである。 工芸品としてはユニークだと思うが、実務者の私としては遺体の体液流出やドライアイスの効果低下などの懸念があるため、エンバーミングを併用するなど使用には注意を要すると考えている。

・段ボール棺
 いわゆる「エコ棺」と称して近年売り出されている棺。 私も実物を見るまでは、本当に段ボール箱のようなものかと思っていたが誤りであった。
※ ペット用棺ではほとんど段ボール箱のようなものがあるが、やはり人用には強度が足りないようだ。
 どうやら、基本的には重ね合わせた段ボール板を用い、強度が必要な場所だけベニヤ板などを入れ、棺1本あたりの木材使用量を抑制し、軽量で強度があり燃焼性が高い、ということである。 表装は段ボールであることを隠すために布張りであることが多いようだ。 近年のエコロジーブームを受けて、省エネルギー・低排気ガス・森林資源保護などを主要な長所としてアピールしている。  なお、翻って最大の短所は、現在ではまだ製造数が少なく加工難度が高いため、多くの木棺に比べて高価であるという点であろう。

・金属棺
 近年米国では金属棺の需要が増えてきているようだが、日本国内では基本的には流通していない。 理由はもちろん、日本での大多数の葬法である火葬に適さないからである。 ただし、遺体を海外に空輸する場合などには用いられる。

▽ 外装・体裁による区分

・突き板張り棺
 木材の骨組みの表面に、薄くスライスした木材(突き板、要はベニヤ板)を張った板で作られた棺であり、多く用いられている。 現在国内で流通している表面が無垢材の棺は、そのほとんどが突き板張りである。 というのも、本当の一枚板では重量が重く燃焼効率も悪い上、高価にならざるを得ないからである。

・彫刻棺
 木棺に彫刻を付けた棺。 通常、彫刻部分だけを別に作り、はめ込んだり貼り付けたりするようだ。 棺の両側面に彫刻のある「二面彫刻棺」、蓋にもある「三面〜」、縦方向の側面にもある「五面〜」などに呼び分けられる。

・布張り棺
 木棺の表に布を張った棺。 一口に布と言っても、その選択される素材により実にさまざまなバリエーションがある。 近年、その種類の多さや柔らかなイメージなどから需要が高まってきている。

・刺繍棺
 布張り棺のうち、表装の布に刺繍を施したもの。 全面刺繍もあれば部分刺繍もある。

・プリント棺
 合板の表面に木目などを印刷したシートを貼り付けた素材を用いた棺。 プリント合板は、家具などにも用いられているもの(いわゆるカラーボックスなどの素材)を想像すればわかりやすい。 印刷なのでさまざまなバリエーションを作ることが可能なのだが、実際に流通しているものは色目の違いこそあれほとんどが木目プリントである。

・塗り棺
 表面を漆塗りなどにした棺。 あまり見ない。

▽ 蓋の形状による区分

・平棺
 標準的な、蓋が平らな棺。 これといった特徴はなく、真四角の長い箱といった感じ。

・アール棺(R棺)
 蓋の上部が曲線(カマボコ型)の棺。 平棺に比べ、柔らかい印象がある。

・山型棺
 蓋の上部が台形になっている棺。 平棺に比べ、大きく立派に見える。

・インロー棺(印籠棺)
 蓋の縁が二段になっていて、棺の本体に少し覆い被さるように作られている棺。 多くの場合、アール棺や山型棺にさらに付け加えられ、重厚感を出す。 名称は、印籠(水戸黄門のアレ)の蓋の重なり方と同じということから。

▽ 大きさによる区分

・大型棺(巨人棺)
 標準的なサイズより、縦・横・高さとも大きい棺。 標準的な棺は、外寸でおおよそ縦180〜190cm・横50〜55cm・高さ40〜50cm程度だが、それよりも縦10〜20cm・横5〜10cm程度大きいことが多く、それ以上になると普通は特注である。

・幅広棺
 縦は標準サイズで、横幅だけが広い棺。

・子供棺
 体の小さな児童・幼児用の、縦が60〜120cm程度の棺。

▽ その他の区分

・洋式棺
 日本の葬儀社が洋式棺と言うときには概ね次の4つうちのいずれかの意味である。
  @蓋の上半身部分が3分〜5分ほど完全に開放できるようになっている棺
※ 通常の棺は、蓋に顔だけを覗ける覗き窓が付いていることが多い。
  A長方形ではなく、五角形や六角形を伸ばしたような形の棺
  B黒っぽい棺
  C十字架が付けられているなど、「キリスト教用」と銘打って売られている棺

・組み立て棺
 災害時などのためにパーツの状態で備蓄されることがある、簡単に組み立てられる棺。 過去には常用の棺でも葬儀社が組み立てて使っていたこともあるようだが、近年のように体裁に凝った棺は組み立てられた状態で納品されることがほとんどである。

▽ 棺の販売名称

 現在の日本の棺にはこのようにさまざまな種類があり、これらのひとつないし複数を組み合わせた名称を与えられることが多い。

  例1:桐Rインロー二面彫刻棺
   表面が桐材で両側面に彫刻があり、蓋の上面がカマボコ型で印籠タイプの棺

  例2:洋式山型刺繍入り布張り棺
   蓋が山型で上半身部分が開放でき、表面は刺繍入りの布が張られた棺

 また、布棺の布や木棺の木材について具体的な材質を名称に含めていることもある(ビロード棺など)。 なお、葬儀社のカタログには「高級棺」などといった表現も見られるが別に基準はなく、比較表現かただのセールストークである。

▽ 棺の価格

 とは言っても、もちろんこれだけの種類があるわけであるから、棺の価格も確かに安価なものから高価なものまでさまざまである。 実際の価格についてはそれぞれの事業者に委ねられているが、価格の傾向については簡単に述べておきたい。

▽ 木材による価格

 木棺の価格差は非常に幅広いが、単純に表面素材の種類による価格の傾向を見るなら、多く用いられる「桐」などは比較的安価で、「檜」などは高価である。 これは材木本来の取引価格の差もさることながら、その種類の棺の流通量の違いも価格に反映されていると言える。 従って、流通量の極端に少ない竹棺などは通常の木棺よりも傾向として割高であると言える。

 また、一枚板のものは当然のことながら突き板張りよりも格段に高価である。 産地も影響し、国産の素材を用いた棺は外国産のそれに比べて高価である。

▽ 体裁による価格

 体裁に関しては、当然のことながら意匠に凝れば凝るほど高価である。 彫刻棺はベースの棺より高価であり、彫刻面が増えるほど価格は上がる。 また、近年では機械彫刻がほとんどであるが、職人の手彫りであればそれ以上に高価である。

 プリント棺は比較的安価であると思われがちだが、近年外国産の突き板張り棺が非常に安価に流通するようになっているため、逆にそれよりも高価である場合もある。 また、流通量などの問題から、特殊な柄を印刷されているものは木目などの一般的な柄のものに比べて高価であることが多い。

 布棺に関しては、まず第一に生地そのものの価格差が大きく影響する。 私など門外漢は生地の価格といわれてもピンと来ないが、わかりやすい傾向としては、無地は柄物より高価で、白は有色よりも高価であることが多い。 手間がかかっていそうな方が安いというのだから、難しいものである。 また、起毛の物はツルッとした物より高価であることが多いが、これは私でも何となくわかる気がする。 あとは刺繍などであるが、これは木棺の彫刻に準ずる。

 洋式棺は全般的に、流通量の少なさから高価であることが多い。

▽ 形状による価格

 形状に関しては、加工難度が価格に影響する。 蓋の形状で言えば、平棺より山型棺やアール棺の方が当然に高価である。
 山型棺とアール棺を比べることは難しいが、アール加工は突き板張りなど木材をそのまま用いるものほど難度が高く、価格も高いことが多い。 逆に山型棺では、プリント加工などで山型の面の分かれ目を美しく処理することが難しく、ほとんど作られないため価格は高くなる。
 それらに比べると、布張り棺ではどちらもあまり変わらないと言える。

 インロー棺はそうでないものに比べて価格が高いのはもちろんである。

 洋式棺のうち、前述の@とAに該当するものに関しては、加工難度及び流通量の少なさから価格ははっきりと高い。

▽ 洋式棺=キリスト教棺か

 さて、日本における多くの葬儀社及び棺メーカーでは、前述の「洋式棺」を「キリスト教棺」とほぼ同義として捉えている。 すなわち、「それらしい」と考えているわけであるが、なぜであろうか。

 @の蓋の形状については、現時点における日本人の一般的な葬儀観と、欧米のそれが異なっていることが理由と考えられる。 覗き窓⇔上半身開放の差は、実質的には遺体とそれを見る者との距離の差である。 日本の伝統的な感性では、欧米のそれに比べて死体及び死そのものへの忌避意識が強いとはよく言われることであるが、このことが棺の形状の差として現れているのではないか。 このことについて明確な研究を聞いたことはないが、近年の実務経験から言えば、旧来の日本宗教的感性を強く持たないことが多い若年層など(すなわち、前述の感性が薄い層)では、故人との告別の交流を重視するために、キリスト教葬でなくとも(選択肢を与えれば)この@の意味での洋式棺を選択するケースも増えてきているように思えるのである。

 Aの棺全体の形状については、単純にイメージの問題であろうか。 古くから欧米で作られてきたコフィンは、人体に合わせて肘部分が張り出したような形状をしていたが、洋画など(例えば吸血鬼ドラキュラとか)の影響で日本人の内に「欧米の棺はああいった形状のもの」という意識が刷り込まれてしまったとも考えられる。

 Bについてはもっとわかりやすい。 明治期に日本政府の欧化政策によって導入された欧米型葬儀の、「喪の色」が黒だったからである。 それまでの日本における喪の色は白であり、「洋式葬儀=黒」というイメージは日本人に強く印象付けられたのであるが、結局日本においても喪服などは黒になりはしたが、白装束(経帷子)などに代表されるように葬儀全体のイメージ色までは「日本葬儀=黒」にはならなかったため、「洋式葬儀=黒」という図式だけが人々の印象に残ったのである。
※ もちろん前提として、「キリスト教=洋式」という感覚が多くの日本人にあるわけである。

 そしてこれらの事情が相まって製造者・消費者共に「らしさ」を追求した結果、Cのようにこれらの一部あるいは全部を満たした商品が「キリスト教棺」として販売され、さらにそのイメージを頑なにしていったのである。

▽ 洋式棺は良いのか

 このような理由から、現在日本における葬儀業者の多くはキリスト教葬儀と聞けばこういった洋式棺を用いることが大半であるのだが、では洋式棺は日本におけるこれからのキリスト教葬儀にとって良いものであると言えるだろうか。

 まず@については、近代葬儀においては(前述の葬儀観の変化に伴い)キリスト教葬儀のみならず全ての葬儀において、遺体との距離が近いということはグリーフワークの観点などからは良いと思える。 しかし現実的な欠点としては、覗き窓に透明のプラスチックフィルムが張られていることの多い普通の棺と違い、遺体からの死臭が直接に見る者を襲う、という点が挙げられる。 米国などではエンバーミングの普及により遺体からの死臭は少ないのであるが、日本においては現時点ではエンバーミングが今後も普及するとは考えにくい(さまざまな理由から風土に馴染まない)ため、一般的に火葬まで2〜3日という短い日数とはいえ、死臭の程度によっては逆に遺族感情を傷つけてしまうおそれもある。
※ 故人の尊厳を損なったと捉えられるケースなどがあるのである。
 このことについて具体的な解決策としては、既出のエンバーミング処置のほか、消臭剤や芳香剤を用いたり、棺の蓋の内側にもう一重に透明なプラスチックのドームをはめ込んだ商品が開発されたりしているのだが、いずれにせよ価格に反映されるため、妥協点を十分に探る必要がある。

 次にAについては、現在においては上記のような(肘の張った)棺は火葬に適さない(火葬炉の形状に合わない)ため、火葬の発達した地域では使用されることは少なくなっており、日本ではまず見ることはない。
※ 直方体の角を面取りしただけの八角形の棺などは、スタイリッシュな商品として若干用いられることもあるが。
 そのため、今後現実的な理由からこういった棺については(新スタイルの商品デザインという以外には)考察の余地が特にないように思える。

 Bについては、20世紀中期の第二バチカン公会議以降、カトリックで葬儀の典礼色に白を用いることが認められたり、現在日本以外の国では葬儀代金の多くを棺にかける(より趣向を凝らす)文化も多いことなどから、日本人の感覚が変わらなければ将来的に日本だけが「キリスト教葬儀=黒」という時代が来るのかもしれない。 事実、葬儀の現場においてはすでに現在でも黒を好まない消費者が増えているのだが、製造者の感覚は未だ追いついておらず、(キリスト教棺としては)黒でない商品そのものが希薄なため、変革にはしばらくの時間を要するであろう。

 そしてCについては、多くの商品に十字架のシールや張り布などが付けられているのだがこういったものは不要であり、むしろそうしたためにキリスト教葬儀以外で用いられず、製造量が増えないために価格が下がらないなどの要因となっている。 このため製造者や一般葬儀社には意識の変革を求めたいのであるが、残念ながら日本において少数宗教である身としてはそこまでの理解を一般業者に求めるのも酷であろうか。

 こういったことから、現在の洋式棺の認識は@については利点があるがA〜Cについてはむしろ短所であると私は考えている。

▽ 洋式棺の今後の課題

 実際の使用上の課題としては、とにかく普通の棺に比べて価格が高いということが言えるが、流通量が増えないことには価格が下がる余地は少ないため、現実には折り合いが難しい。 特に近年の社会経済事情を鑑みれば、必ずしもこういった棺をキリスト教葬儀で用いるべきだとまでは言えないのである。
 また、私個人的にはやはり黒からの脱却を早い段階で試みたいと思う。 黒が煉獄思想に繋がるとか、そういった神学論的な想いは強くはないが、キリスト教葬儀が死の悲しみだけではなく復活の希望をも重視したことは私にもしっくりくるし、ご遺族もそうであって欲しいと願うからである。

▽ おわりに

 葬儀の現場にいると、このように棺だけをとっても考えることは多い。 特に棺は葬儀において存在感が大きい上、近年の葬儀社が棺の流通を独占的に扱ってきた経緯もあるため、我々が担わなければいけない責任も重いはずである。 専門葬儀社としては、死者と遺された者の距離を隔てず、死の悲しみだけではなく復活の希望をも持ち合わせたイメージを棺一本にも求めたいのである。
 ご遺族の経済的負担を抑えつつもこだわりのある物品をいかに用いていくか、これが今後も大きな課題である。


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